研究成果の概要
研究成果の概要を更新して参ります。
中等量のアルコール摂取習慣は心筋梗塞の発症を抑制する可能性がある.
蒔田真司 Atherosclerosis. 2012;224:222-7.
日常のアルコール摂取量と心血管疾患発症との間にはU字型の関連性、すなわち、多量のアルコール摂取によって心血管疾患の発症が増加しますが、適量摂取者ではそのリスクが摂取しない人よりも低くなるという知見が示されています.しかし、日本人ではこのようなU字型の関連がみられるかどうかについて相反する見解があります.また、虚血性心疾患と脳血管疾患とで関連性の違いがあるか否かについて検討された報告は少ないのが現状です.
本研究では、日常のアルコール摂取量とその後の心筋梗塞および脳梗塞の発症との関連性を前向きに観察して解析しました.対象は基本健康診査を受診した地域住民で、過去に心血管疾患の既往がなくアルコール摂取状況の情報が得られた40歳から80歳までの男性8,059名、平均年齢64.1歳です.図1のように日常のアルコール摂取状況および摂取量によって対照者を3群に分類しました.
平均5.5年の追跡期間中に53例の非致死的心筋梗塞と186例の脳梗塞の発症が確認されました.対象者全体での検討では、アルコール摂取習慣のある人(A2群、A3群)で心筋梗塞の発症リスクが低く、飲む習慣がない人(A1群)に比べて発症が約半分になっていました.特に、中等量アルコール摂取者(A2群)で有意なリスクの低下がみられました(A1群に比べた調整ハザード比0.49;調整因子は年齢、高血圧、糖尿病、脂質異常症の有無、BMI、喫煙指数).
一方、肥満者(BMI 25kg/m2以上)での解析では、中等量アルコール摂取者(A2群)で心筋梗塞発症リスクの低下が見られましたが、多量アルコール摂取者(A3群)ではその発症リスクの低下が見られず、飲む習慣がない人と差がありませんでした.脳梗塞の発症に関しては、アルコール摂取習慣は摂取量に関わらず発症リスクに大きな影響を与えていませんでした.
本邦の地域住民では、中等量のアルコール摂取習慣が虚血性心疾患の発症を予防する可能性があります.ただし、中等量アルコールの摂取量の定義が適切か、また女性ではどのようであるかについては今後の検討課題と思われます.
血圧を2回連続で測った場合、男性では1回目の高い血圧が脳心血管疾患の発症に関連するが、女性ではそうでない.
蒔田真司 Clin Exp Hypertens.2014 (in press)
血圧の上昇が様々な脳心血管疾患を引き起こすことは広く知られています.一方、血圧を1機会に2回連続して測った場合、2回の測定値に大きな差が見られることが少なくありません.2回目より1回目の血圧が高く測られることが多く、これは精神的緊張が影響しているものと一般には解釈されています.しかし、病院の診察室や健診時の血圧について1回目と2回目の血圧測定値のどちらを採用すべきか、また、1回目の数値が高いのに2回目で正常値となった場合の判定はどうすべきか、などについて明確な答えは知られていません.
本研究は、2回連続で測定された各々の血圧値(収縮期血圧)と脳心血管疾患(CVD;心筋梗塞と脳卒中の複合転帰)の発症との関連性を解析し、その特徴と性差を検討したものです.岩手県北地域コホート研究の参加者のうち40~79歳で脳心血管疾患の既往と心房細動がない23,344人(男性7,763人、女性15,581人)を対象としました.登録時に、数分の安静の後、2回連続して上腕の血圧を測定しました.
平均5.5年の追跡期間中に男性301例、女性323例のCVD発症が確認されました.2回目の血圧が正常範囲(140 mmHg未満)にあった例での検討で、男性では1回目の測定時に高血圧(140 mmHg以上)を示した群でCVDリスクの上昇が確認されました(血圧120 mmHg未満の群に比べたハザード比2.06).しかし女性ではこの様なCVDリスクの上昇はみられませんでした(同ハザード比0.80).また1回目の血圧が高値(140 mmHg以上)を示した例での検討で、男性では2回目に測定した血圧のCVDリスクへの関与は確認されませんでしたが、女性では2回目血圧が140mmHg以上の群に比べて130mmHg未満の群で明らかにCVDリスクが低下していました(ハザード比0.23).
これらの結果から、以下のことが推測されます.1)収縮期血圧値のCVDリスクは、男性では1回目測定値に比較的強く反映されるが、女性ではその様な傾向はない.2)男性では、1回目測定値が高値であれば2回目測定値が正常範囲であってもCVDリスクが高いが、女性ではそのような関連性はない.従って、男性では1回目の高い血圧を評価判定から外すべきではなく、2回測定の平均値を採用するなど1回目の値を十分に加味した評価が必要と思われます.一方、女性では、測定前行動や精神的緊張に起因していると考えられる1回目の高い血圧値には臨床的意義が小さい可能性があります.
本概要の引用元
脈拍数高値のみではなく徐脈も男性の脳心血管疾患の発症リスクである
蒔田真司 Atherosclerosis. 2014;236:116-20.
これまで国内外の地域住民コホート研究で、安静時心拍数が高くなるに従って心血管疾患発症または死亡が増加するとの結果が示されています.しかし、心拍数が低い人の心血管疾患発症リスクへの影響について言及された報告はなく、心拍数50回/分台程度の洞性徐脈を臨床的に問題とすべきかどうかは明らかにされていません.
本研究では、基本健康診査を受診した40-79歳の地域住民のうち、心血管疾患の既往がなく心房細動を有しない男性5,958例、女性11,818例を対象に、安静時脈拍数と心血管疾患発症との関連を前向きに解析しました.脈拍数への降圧薬服用の影響を排除するため、高血圧治療を行っている人は対象から除外しました.
平均5.6年の追跡期間中に45例の心筋梗塞発症、322例の脳卒中発症、32例の突然死が確認されました.3つの複合転帰による解析を行ったところ、男性では脈拍数60-69.5回/分の群に比べ脈拍数60回/分未満の群(調整ハザード比1.55)と80回/分以上の群(調整ハザード比1.72)で有意に心血管疾患の発症が多いことが分かりました(図1).女性ではこの様な有意な関連は確認されませんでした.転帰疾患別の解析では、脈拍数高値(80回/分以上)は脳梗塞と脳内出血のリスクとなり、徐脈(60回/分未満)は心筋梗塞と脳梗塞のリスクとなる傾向がありました.
脈拍数高値に加えて、徐脈も心血管疾患発症リスクとなる理由として、拡張期血圧の低下による脈圧の上昇、拡張期血圧低下による冠血流の減少(拡張期の中心血圧の低下)、洞結節機能障害の存在、スポーツ心臓症候群との関連、潜在的な甲状腺機能低下症(虚血性心疾患のリスク)の存在などが可能性として挙げられます.
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高血圧前症での血清C反応性蛋白値と虚血性脳卒中発症リスク:地域健常住民での検討
はじめに
2003年に米国で高血圧前症 (Pre-HT)という新しい血圧に関するカテゴリーが提唱された。Pre-HTは心血管疾患 (CVD)の発症リスクとなることが示されている。
炎症はアテローム性動脈硬化において主要な役割を担っている。そのバイオマーカーである血清C反応性蛋白(CRP)値の上昇が、将来の虚血性心疾患や脳卒中発症のリスクと関係することがこれまで報告されてきた。そこで中高年の地域健常住民を対象にしてPre-HTとCVD発症リスクとの関連性を明らかにし、血清高感度CRP (Hs-CRP)値で層別化した場合の発症リスクを検討した。
血漿BNP濃度は高血圧患者の心血管リスクの層別化に有効である: 地域住民を対象にした検討
佐藤権裕ら(Am J Cardiol)
背景:心臓から分泌されるB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は心筋への負荷の増大や循環血液量の増大など心臓に負担がかかると高値となる。そのため血漿BNP値は心疾患の重症度判定などに有用であるとされている。しかしながら、高血圧患者を対象にした血漿BNP値と心血管事故(心筋梗塞・突然死、心不全、脳卒中など)の発症し易さの関連について検討された報告はほとんどみられない。
目的:本研究では血漿BNP値が高血圧患者のリスク評価に有用であるか、また確立された心血管疾患発症のリスク評価に血漿BNP値を加えることにより改善するかを検討した。
方法:岩手県北コホート研究の参加者から、高血圧を有する40歳以上で、心血管疾患の既往がなく、血漿BNP濃度を測定した計5,865名(男性2,145名、女性3,720名、平均年齢66±9歳)を対象とした。対象を血漿BNP値により4分位群に分け、カプランマイヤー法で心血管事故発症率との関連を調べ、Cox多重回帰分析で相対危険率を検討した。さらに冠動脈疾患発症の予測に用いられるフラミンガムリスクスコア(FRS)に血漿BNP値を加えた場合の事故予測の改善効果を検討した。
結果:平均追跡期間は5.6年で382名が心血管事故を発症した(心筋梗塞・突然死72名、心不全52名、脳卒中258名)。カプランマイヤー法の検討ではBNPの高い群でより心血管事故の発症率が高くなった。糖尿病や喫煙など古典的なリスク因子で補正しても高い群は低い群に比べ1.6倍発症し易かった(相対危険度: 1.59、95%信頼区間1.16-2.19)。さらに血漿BNP値をFRSに加えた際、FRS単独モデルで評価するよりも心血管事故リスクの層別化能の改善が見られた。
結語:血漿BNP値は単一でも高血圧患者の心血管疾患発症予測の有効な指標であり、また、従来の予測指標に加えることで、さらにその予測能を改善させるものと考えられた。
血清LDLコレステロール値正常男性の心筋梗塞/心臓突然死の残存リスク:他のコレステロール指標の有用性
はじめに
血清高密度リポ蛋白コレステロール(LDL-C)が冠動脈疾患(CHD)の危険因子であることがよく知られているが、一方でCHD罹患患者のほぼ半数はLDL-C値が正常であることが報告されている。
近年、LDL-Cに比較して、総コレステロール(TC)もしくはLDL-Cと低密度リポ蛋白コレステロール(HDL-C)との比や非HDL-C (Non-HDL-C)のアテローム硬化性心血管疾患の予測精度が高いと報告されている。そこで、LDL-C正常値例で、これらのコレステロール指標がCHD発症の残存リスク予測に有用かどうかを検討した。
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喫煙者では炎症反応が亢進しているが、5年以上禁煙している人は非喫煙者と同等となる
アメリカなどの大規模な研究では、タバコを吸っている人では、全身の炎症反応が軽度上昇していることがバイオマーカ(高感度C反応性たんぱく質(CRP)、フィブリノゲン、炎症性サイトカイン(IL-6、TNFαなど))の測定により示されました。また、炎症反応の亢進が将来の循環器疾患発症の危険性と非常に強く相関することが示されています。
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