研究成果の概要
研究成果の概要を更新して参ります。
尿中アルブミン*クレアチニン比と尿蛋白試験紙法における慢性腎臓病の罹患率およびリスク予測能の比較:地域一般住民の前向き研究
肥田頼彦 BMC Nephrol. 2016 (in press)
尿蛋白を評価する手段として、試験紙を用いた方法と尿中アルブミンとクレアチニン値の比(尿中アルブミン・クレアチニン比、Urine Albumin-to-CreatinineRatio: UACR)を用いる方法があります。わが国の保険診療では、尿中アルブミン の測定は糖尿病患者にのみ認められている検査であり、これまで日本人の地域一 般住民における慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease: CKD)の心血管疾患発症リ スク評価法として、どちらを用いた方が将来の心血管疾患発症(脳卒中、心筋梗 塞、心血管死)の予測に有用か検証した報告はありませんでした。そこで、今回 われわれは上記ふたつの尿蛋白検査法を用いて健診参加者のCKDの頻度や重症度 を評価し、心血管疾患発症リスク評価能として、どちらの尿検査法を用いた方が 有用かを検証しました。
岩手県北地域コホート研究に参加し、心血管疾患の既往がなく血清および尿中クレアチニン値を測定した40歳から89歳の男女のうち、尿中アルブミン測定と試験紙法による蛋白定性試験の両者を行った22,975名(平均62.9歳)を対象としました。血清クレアチニン値から算出した糸球体濾過値とUACR、あるいは試験紙法を 用いて受診者のCKD重症度を国際ガイドラインに準じ3段階(非CKD、軽度CKD、中程度以上CKD)に分類しました。
平均5.6年の追跡期間中、観察期間中に心血管疾患708件をみとめました。試験 紙法を用いた場合のCKDの頻度は全体の9%であり、中等度以上CKDを有する群は心 血管疾患の発症リスクが高いのですが、軽度CKDの心血管疾患のリスクは非CKDと 差はみられませんでした。一方、UACRを用いた場合のCKD頻度は全体の29%であ り、中等度CKDのみならず軽度CKDも心血管疾患が発症するリスクが有意に高いと いう結果でした。また、UACRを用い場合は発症例の49%を心血管リスクありと予測できたのに対し、試験紙法を用いた分類では20%と明らかに低い事が判明しま した。再分類テーブル法という解析で、UACRを用いた分類の方が試験紙法を用い たCKD重症度分類よりも明らかに心血管疾患発症の予測能に優れていました。
結果として、UACRを用いたCKD判定は尿蛋白試験紙法を用いると場合と比較して、CKDの頻度は高くなるが心血管発症リスクの予測能は改善することを明らかにしました。
推算糸球体ろ過量が保たれている微量アルブミン尿陽性者は、総死亡・循環器疾患死亡のハイリスク集団である
欧米の大規模なコホート研究では、推算GFR値が高く、蛋白尿を有するものので死亡リスクが高くなっていることが示されています。推算GFRが高い者で死亡リスクが高いことの理由として、がん患者や栄養不良者などの骨格筋量が少ない対象者では血清クレアチニン値が低下し、そのため実測GFRに比べて推算GFRが過大に評価されてしまうこと、そしてこれらの者が非常に死亡リスクが高いことが主要な理由として考えられています。しかし、この関係性については十分な検討が行われていません。また死亡リスクが上がる理由として、どのような死因が死亡リスクをあげているのかを確かめる必要があります。
岩手県北コホート研究に参加した40歳から69歳の男女で推算GFRが正常または軽度低下していた(45 ~ 119 ml/min/1.73 m2) 16,759名を対象に前向きのコホート研究を実施しました。対象者を6グループ(group 1, eGFR: 90 ~ 119 アルブミン尿(-); group 2, eGFR: 90 ~ 119 アルブミン尿(+); group 3, eGFR: 60 ~ 89 アルブミン尿(-) (対照グループ); group 4, eGFR: 60 ~ 89 アルブミン尿(+); group 5, eGFR: 45 ~ 59 アルブミン尿(-); group 6, eGFR: 45 ~ 59 アルブミン尿(+)) に分類して、ポワソン回帰による多変量調整死亡率比を算出しました。もっともリスクが高かったのはグループ2(eGFR: 90 ~ 119 アルブミン尿(+))で総死亡相対危険(95%信頼区間)は3.95 (2.08-7.52)、循環器疾患死亡相対危険は7.15 (2.25-22.7)、新生物死亡相対危険は3.25 (1.26-8.38)でした。この集団属性をみると、年齢は比較的若く、BMI、HbA1c、血圧値がほかのグループに比較して有意に高いことが判明しました。
研究結果を解釈すると、推算GFRが保たれ尚且つ微量アルブミン尿を有する若くてメタボな集団は、死亡リスクと循環器疾患死亡リスクが非常に高いハイリスク集団と考えられ、少なくとも、この関係性にはるい痩やがん死亡リスクの上昇は関わっていないことが判明しました。
CKDEPI推算式を用いた糸球体ろ過量は、MDRD推算式を用いた場合より死亡リスクを正確に言い当てる。
慢性腎臓病の有無を評価する指標として、血清クレアチニンを用いた簡便な糸球体濾過量(GFR)推算式が普及していますが、欧米人を中心に違った推算式で求められた糸球体濾過量の比較検討が行われてきました。最新のCKDEPIの推参式で得られた糸球体濾過量がより実測値に近いこと、また、予後予測能力が高いことが欧米の研究で示されており、日本人を対象とした研究が望まれます。
岩手県北コホート研究に参加した 24560 人の男女を対象として、CKDEPI推算式によるGFRとMDRD推算式によるGFRで慢性腎臓病(CKD)ステージ分類を行い、その予後予測能力を比較しました。推算GFRによって4ステージ (1: ≥90, 2: 60-89 (reference), 3a: 45-59, 3b+ <45 ml/minute/1.73m2) に分類しました。評価エンドポイントは総死亡、心筋梗塞発症、脳卒中発症の三つです。エンドポイントごとにROC曲線下面積(95%信頼区間)を算出して両推算式の予後予測能力を比較しました。総死亡では0.680 (0.662-0.697) と0.582 (0.562-0.602)、 心筋梗塞では0.718 (0.665-0.771) と 0.642 (0.581-0.703)、脳卒中では0.656 (0.636-0.676) と 0.576 (0.553-0.599)であり、総死亡リスク評価では明らかにCKDEPI推算式が予測能力を上回っていました。次に多変量Cox回帰分析を用いた予測能力の比較検討を行いました。二つの推算式を用いたモデルでは、AIC、BIC、ハレルC統計量はほぼ同一の意値を示し、両者に有意な差は認められませんでした。Net reclassification improvement (NRI) の指標を用いると、CKDEPI推算式を用いた場合には総死亡リスクをよりよく言い当てていることがわかりました。
新しいCKDEPI推算式は旧来のMDRD推算式に比べより実測値に近いことが示されていますが、特に、GFRが軽度低下者や正常値の者でMDRD推算式のずれが生じることが指摘されています。年齢を調整しない粗死亡率を見る場合には明らかにCKDEPI推算式を用いるべきです。一方で、腎機能が中等度以上低下した者ではどちらの推算式を使っても予後予測能力の差はなさそうです。
MDRD推算式とCKDEPI推算式によって得られた糸球体ろ過量には見過ごすことのできない差がみられる
慢性腎臓病の有無を評価する指標として、血清クレアチニンを用いた簡便な糸球体濾過量(GFR)推算式が普及していますが、ここ数年で推算式が次々と開発され、欧米人を中心に実測値との一致度の比較検討が行われてきました。最新のCKDEPIの提唱する推参式で得られた糸球体濾過量が従来のMDRD推算式より実測値に近いこと、また、予後予測能力が高いことがアメリカ人やカナダ人を対象とした研究で示されており、日本人を対象とした研究成果が期待されます。
岩手県北コホート研究に参加した 26,329 人の男女を対象として、CKDEPI推算式によるGFRとMDRD推算式によるGFRとの一致度を検討しました。対象者をGFR値により8ステージに分けました (ステージA: eGFR ≥105 ml/minute/1.73m2, ステージB: 90-104, ステージC: 75-89, ステージD: 60-74, ステージE: 45-59, ステージF: 30-44, ステージG: 15-29, ステージH: <15) 。男女全体では16,360 (62.1%) で両者のステージ分類が一致していました。9,791人(37.2%)は1ステージのずれが認められました。 178 人では2ステージのずれが認められました (MDRD推算式によるずれはすべて過大評価)。MDRD推算式は、ステージAで過大評価が目立ち、ステージBCDでは過小評価が目立ちました。女性では一致した者は58.4%で男性では69.1%だった。コーエンのカッパ係数(95%信頼区間)は男女全体で 0.456 (0.452-0.456)、 男性で0.554 (0.541-0.567)、 女性で0.405 (0.395-0.415)であり、決して高いものとはいえず、両推算式によって得られたGFRには見過ごすことのできない差があると考えられます。
MDRD推算式は若い人や軽度GFR低下者で過小評価する傾向があり、中高年でGFR60以上の対象者で非常に高く過大評価する傾向にありました。CKDEPI推算式とMDRD推算式によって得られるGFR値は、対象者の年齢によって大きく隔たることが示されたことから、対象集団の年齢構成によっては、CKDEPIとMDRD推算式のどちらかを使うかで大きな違いが結果に表れる可能性があります。
岩手県北地域では高血圧未治療者に危険因子集積者が存在
本論文は、2004年から開始された岩手県北コホート研究の目的と研究デザイン登録調査方法について英語の記述でその概要を明らかにすることを目的としています。また、コホート研究の行われた岩手県は、日本でもっとも脳卒中死亡率が高い県として知られ、この地域の住民の循環器疾患のリスク要因保有率が高いことが推測されます。しかし、行政資料などでは個人の詳細データが収集されていないこともあり、実際にこの地域に住む人々のリスク要因保有状況に関しては知ることができません。本研究では、岩手県北コホート研究に参加した26469名のコホート研究登録時の調査データを用いて、岩手県北部地域住民の循環器疾患リスク要因保有状況を明らかにしました。
循環器疾患危険因子ならびに循環器疾患の新しいバイオマーカについて性齢階級別に要因の平均値や有所見率を算出し、更にさらに高血圧者と非高血圧者で分けて比較して同様の評価を行いました。検討結果、高血圧症、糖尿病、脂質異常症の有病率はそれぞれ男性で46.0%、7.6%、30.3%、女性で38.6%、4.0%、38.5%でした。高感度CRP値とBNPの平均値はそれぞれ男性で1.41 mg/Lと 26.5 pg/mL、女性で 1.01 mg/L and 23.7 pg/mLでした。 微量アルブミン陽性者は、男性で22.0% 、女性で 23.4%、心房細動有所見率は男女全体で1.56%でした。高血圧有病者の中で20% は降圧薬治療を受けておらず、血圧コントロールが不良と考えられました。高血圧症と脳卒中有病率の高い東北岩手県地域の住民では血圧コントロールが十分にされていない者が多数存在し、彼らは同時に多数のリスク要因を保有するハイリスク者であることが示唆されました。
本概要の引用元
岩手県北コホート研究参加者の概要を記した板井らの論文では、このコホート研究参加者の特徴が述べられました。その中でこのコホート研究参加者の平均BMIどの世代でも高いことが示され、コホート集団を特徴付ける属性として肥満者が多いことがあげられました。岩手県は全国の集計結果でも肥満者割合が高い県として認知されていますが、同じ岩手県でも、地域によって肥満者割合が異なっている可能性があるのではないかという疑問が生じました。この疑問を解決すべく、岩手県北コホート参加者26,742名の登録時検査データの横断解析を行い、肥満に関連する項目の対象者属性を検討しました。
その結果、日本人全体と比較して肥満者が多く、特に男女ともにBMI30以上の高度肥満者が多いのが特徴でした。高度肥満者割合が高い順に市町村別にランキングをつけ、肥満者の多かった沿岸部町村(岩泉・普代・種市・田老・山形)、肥満者の少なかった北部山村(軽米・九戸・大野)、中間的な値を示した都市部である宮古市の3地域で肥満に関連する項目を比較しました。都市部に比べ沿岸部町村で高度肥満者(BMI30以上)割合が高く、町村地区の比較では、北部山村地区に比べ沿岸部町村で高度肥満者割合が高い結果でした。年齢階級別の比較では、全ての地域で20代の高度肥満者割合が日本全体の代表データに比べ高意ことが示されました。30代以降を比較すると、肥満者集積地域ではどの年代でも高度肥満者割合が一様に高かったのに対し、宮古地域や二戸地域では中年以降で肥満地域に比べ高度肥満者割合が低い結果となっていました。肥満者割合の地域差は女性でより顕著でした。肥満者集積地域では中年以降の世代で高血圧有病率、糖尿病有病率が宮古市住民と比較して有意に高いことがわかりました。
岩手県北部地域に限った解析であっても、肥満に関しては地域内に大きな地域差が存在しました。岩手県北部沿岸地区には高度肥満者が集積する地域があり、しかも高血圧症と糖尿病有病率が明らかに高率であることが示されました。岩手県北部沿岸地域のの肥満と糖尿病対策は緊急の課題であり、さらなる研究と対策立案が必要と考えられました。
n-3多価不飽和脂肪酸を多くとる者ほど血清高感度CRP値は低かった。
魚油などに多く含まれるn3多価不飽和脂肪酸(n3PUFA)摂取量が多いほど循環器疾患発症や死亡のリスクが低下することが疫学研究で示されています。そのメカニズムとしてn3PUFAが炎症反応を沈静化させ、そのことが動脈硬化症の進展を抑えて将来の循環器疾患死亡リスクが低下することが仮説としてあげられています。しかし、実際にn3PUFA摂取量が多くなると人体の炎症反応が低下するのかについては、実験的研究や疫学研究の報告例は少なく、上記仮説を支持する研究成果の蓄積が望まれます。
この研究では、岩手県北コホート研究に参加した男女14,191人を対象に食物摂取頻度法による栄養調査(日本動脈硬化縦断研究BDHQ1_1調査票使用)を実施しました。また登録調査では、炎症反応の指標である血清高感度CRP値測定結果を利用して、食品中に含まれるn-3PUFA摂取量と血清高感度CRPとの関係性についての横断解析を試みました。対象者をn-3PUFA摂取量によって4分位に分割し、各グループ別に多変量調整高感度CRPの幾何平均値と95%信頼区間を求めました。さらに非喫煙者、過去喫煙者、喫煙者の3群に分けて同様の解析を行いました。その結果、高感度CRP値は男女ともにn-3不飽和脂肪酸摂取量が多くなるほど低くなるという負の関連性が認められました。この関係性は男性喫煙者群でより明確に観察されました。
n3PUFA摂取が多いほど炎症反応が低くなるという仮説は、疫学研究で観察されたn3PUFA摂取量の多い集団で循環器疾患死亡率が低いという現象を説明する魅力的な仮説です。しかし、栄養調査は精度管理が難しく、解析結果が非常にばらついてしまうため栄養摂取量をリスク要因として横断解析や縦断研究に利用してもきちんとした結果が出にくい特徴があり、このため科学的エビデンスの蓄積が難しい側面があります。本研究では、詳細に収集された対象者属性要因を、うまく交絡要因として多変量解析にもちいることで、n3PUFA摂取が多いほど炎症反応が低くなり、その効果が、炎症反応のもともと亢進していた男性喫煙者でより強く現れたことを示すことに成功した貴重な資料と考えられます。
本概要の引用元
岩手県北コホート研究参加者概要との二戸地域の脳卒中発症率と介護認定率
本稿では、岩手県北コホート研究の研究デザイン、対象者選別、登録調査時期、登録時調査方法の概要を解説し、登録時調査の横断解析で判明した参加者の属性を示すとともに、二戸地域で進行して進められた追跡調査結果を基に、総死亡率、脳卒中罹患率、介護認定率を前向き調査の結果から年齢階級別に算出しました。さらに、上記3評価項目に影響するリスク要因についてCox解析分析によって得られた多変量調整ハザード比を求めることで評価しました。
本研究は平成14年に二戸地域で登録作業が始まり、平成16年久慈地域で登録作業を終了しました。対象地域は岩手県北部18市町村で、研究参加者は、健康診査を受診した総数31,318人(男11,003人、女20,315人)のうち、研究参加の同意を得た26,472名(男9,162名、女17,310名、同意取得率84.5%)でした。26,742名の参加者の登録時検査データの横断解析を行い、血圧値、血清脂質値、糖尿病者割合、高脂血症者割合、肥満者の割合、喫煙率、飲酒習慣、運動習慣、栄養摂取状況を性別・年齢階級別に明示しました。その結果、高脂血症は、男性では全ての年代で30%前後みられること、女性では40歳未満では10%未満であるの対して50歳以降では40%を超える。糖尿病有病率は年齢が上がるとともに上昇し、男性の60代8.4%、70代で9.1%であった。女性では、それざれ4.3%、5.9%であった。高度肥満者(BMI≧30 kg/m2)割合は、男女ともに20代が最も高かい結果でした。
平均3.8年の観察期間の追跡調査を行った二戸地域の参加者に関して、総死亡率、脳卒中罹患率ならびに新規介護認定者(要支援または要介護1以上の者)の割合を年齢階級別に明らかにしました(表参照)。またこれらのイベントに影響する要因の検討結果、脳卒中罹患に関しては、収縮期血圧が高いほど罹患率が高かいこと、新規介護認定のリスク要因についての検討結果では、脳卒中と同様に収縮期血圧が高いほど介護認定リスクが高いこと、男性では常用飲酒者や禁酒者で介護認定リスクが高いこと、女性では、血清総コレステロール値が低いほど、BMIが大きいほど介護認定リスクが高いことが示されました。
魚摂取が各種疾患発症に与える影響についてのレビューと岩手県民の魚摂取状況
魚を多く食べることにより心筋梗塞症を初めとした種々の疾患発症率が下がることが知られています。本稿では魚摂取と疾患発症との関連についてのメタアナリシスを紹介し、魚摂取と死亡率や疾患発症率と関連について概説しています。また、特に重要なn-3不飽和脂肪酸の生体内作用について、現在考えられている機序について大まかな説明をしています。最後に、岩手県で行われている県北コホート研究の登録時調査の中で、食物摂取頻度法(日本動脈硬化縦断研究BDHQ1_1調査票使用)を実施した14570名のデータの横断解析を行い、岩手県一般住民がどの程度魚を食べ、脂肪酸を1日あたりどの程度摂取しているのかを明らかにしました。そして欧米人のデータとのと比較を試みました。
メタアナリシスの結果と欧米の栄養所要量ガイドラインをまとめると、欧米人は魚を殆ど摂取しておらず、n-3多価不飽和脂肪酸の大部分が植物由来のαリノレン酸です。循環器疾患発症リスクの高い人ほど魚食事による好影響がでやすい。n-3多価不飽和脂肪酸による生体への効果はn-6多価不飽和脂肪酸摂取によって減弱する。魚の至適摂取量は魚量として40-60グラム/日、n-3多価不飽和脂肪酸量として0.6-1.5グラム/日でとされています。欧米での摂取状況をみるとn-6/n-3比が10前後と報告されています。一方岩手県地域住民は1日当たり3.4グラムのn-3不飽和脂肪酸を摂取しており、n-6/n-3摂取比率は、3.4と理想的な摂取状況でした。
飽和脂肪酸摂取の多い欧米人では、直接EPAやDHAを必要最低限量摂取することが望ましい。岩手県住民のn-3多価不飽和脂肪酸摂取量は英国栄養協会とUSA Expert Panelが提唱した推奨量に近いと考えられました。
微小炎症反応(高感度CRP値)の上昇は虚血性脳卒中の発症および全死亡と関連する
蒔田真司 Atherosclerosis. 2009;204:234-8.
全身的な微小炎症反応を反映しているとされる高感度CRP値が様々な心血管疾患の発症と関連しているとする報告があり、この数値が心血管疾患発症の予測因子の一つとして使える可能性があります.しかしながらその報告の殆どは欧米人を対象としたもので、本邦での報告は極めて少なく、欧米人よりもCRPがかなり低い値を示す日本人集団でも同様の関連性があるかどうかは不明です.われわれは以前、頸動脈超音波検査で評価した頸動脈内膜肥厚や粥腫形成と高感度CRP値が密接に関連していることを報告し、この関連は男性のみで有意でした.
本研究では、この微小炎症反応の上昇が将来の動脈硬化性疾患の発症を実際に予測出来るか否かについて、地域住民を対象に縦断的解析を行いました.対象は基本健康診査を受診し、高感度CRP値の測定が行われ、心血管疾患の既往がない40歳から80歳までの男性7,091名、平均年齢64.0歳です.
平均2.7年の追跡期間中に虚血性脳卒中発症95例と全死因死亡161例が確認されました.高感度CRP値を3分位に分けて虚血性脳卒中の発症を比較したところ、高感度CRP値が最も高い群は最も低い群に比べて有意に発症が増加していました(種々の古典的動脈硬化危険因子での調整したハザード比は1.77).また、全死因死亡について同様に比較したところ、高感度CRP値が最も低い群に比べて最も高い群の調整ハザード比は2.26と有意に高値でした.
以上の結果から、男性の地域住民では高感度CRP値が他の古典的危険因子に独立して将来の虚血性脳卒中や死亡を予測する因子となり得ることが示されました.ただし、女性については、今回の短期間の追跡結果では発症数が少なかったために高感度CRP値の有用性の検討ができませんでした.また、高感度CRP値は種々の影響により測定の度に大きく変動する可能性があり、1回のみの測定値の評価には注意が必要かもしれません.
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